お侍様 小劇場

     SWEET' & SWEET'
 


        




 場内には暖房がかかっていたが、この季節には珍しいほど暖かな陽気だったその上に、場内に詰め掛けた人々の人いきれと熱意とが、熱波となってのじんわりと垂れ込めてもいるようで。

 「この温度ではチョコレートが溶けてしまわないか?」
 「そうっすねぇ。熱気がムンムンしてますし。」

 見渡す限り、女性が大半という会場内で。しかもしかもこの熱気。商品自体はありふれた品目ながら、何を目的としたものが並んでいる場所かを思えば、下着売り場でもこうまで恥ずかしかないんじゃなかろうかなんて気分にさえなりかけたものの。

 「………。」
 「あ・こら。久蔵、勝手にどんどん進むんじゃない。」

 何しろ連れが連れだ。油断して目を離せば、勝手にどこへ紛れ込むんだか判らないと来て。羞恥心はこの際 二の次。そちらへこそ集中しなくてはと、気を取り直したは、某県立高校の男子剣道部を束ねる主将殿。黒に限りなく近い色合いの、襟の大きいかっちりしたデザインのコートがその痩躯をきりりと引きしめ、日頃からも眼光鋭い、どこか鋭角な印象なのをますますのこと冴えさせていたものの、

 「…。」
 「何だ? 目当ての店でもあるのか?」

 いつの間に入手したのやら。パンフレットなのだろう、会場内の見取り図を手にしていた連れの青年が、その上で人差し指を泳がせており。新手のこっくりさんかと思わすほどに、なかなか止まらぬ指先へ。付き合いよく…というか辛抱強くも、じっと黙っておいでの兵庫先輩だったけれど、

 「…店の名前訊いて探してやった方が早くないですか?」

 こそりと囁いたのが、そちらは弓道部員の矢口くんだったりし。剣道部主将の兵庫さんと、2年になっても相変わらずに練習早引けしまくりなもんだからと副将に据えられた、島田さんチの久蔵くんは、祭日出勤、もとえ…祭日も登校しての練習があってのとの寄り道であり。同じ部活を終えたそのまま此処へ来たので、同行しているのも判るのだけれど。何でまた、部外者のはずな矢口くんまで一緒なのかと言いますと。

 『あ、もしかして兵庫先輩、Q駅のルミナスに行くんでしょvv』
 『ああ。何で判る。』
 『だぁって、ウチの女子部の主将とそっちの女子マネと、
  そりゃあ仲がいい二人なんですもん。
  きっと同じこと言い立てたに違いないと思いまして。』

 学校からの帰り道、本来の帰途じゃあないこと示すよに、券売機でわざわざ切符を買った先輩さんへ。その肩口に懐きつつ、そんな言いようをした弓道部の、これでこちらも副将な矢口くんもまた、

 『俺らんトコの…マネと女子部の人らも、
  逆チョコが欲しいってリクエストして来ましてね。』

 前の段でもちらりと触れた、今年いきなりその名が注目されてる贈り方。男性が女性へ、ホワイトデーでもないのにチョコを贈ることを言い。

 『まあ、本来の意味は“愛の日”だそうだから、不自然なこっちゃないそうですし。』

 ちゃんとキリスト教の祭事でもある日。むしろ欧米では、男性から女性へ花束贈るのが定番な日だとか。なので、男性から贈り物をするのは不自然なことじゃあないその上へ、

 『まだまだ知名度は低いホワイトデーの時期に、
  限定版の珍しいチョコがここまで店頭に並ぶでなし。
  それに、三月の半ばなんて、
  3年のお姉様がたはどうかすると卒業してった後ですもんね。
  だから、どうせくれるのなら今のこの絶好の時期に買ってよと。』

 3倍返しなんて定説もある、だからこそ忘れる人の多かりしなホワイトデーは気にしないでいいからその代わり。品揃えの豊富な今、美味しいところを見繕ってプレゼントしてと。人気のブランドのご指名メモつきで、くっきりはっきり言われたのが弓道部ならば、

 『そうか。そちらも同じか。』

 そんなリクエストを出された剣道部では、部員代表だからと主将の兵庫が品定め&買い出しに来たらしいのだが、

 「意外なのは久蔵も一緒だってコトですよ。」

 あまり動かぬ透徹端正な表情に相似
(そぐ)うほど、そりゃあ寡黙で物静かで。だが、だからと言って決して大人しいとか控えめだって訳じゃあない。自分の決めた行動は何が立ち塞がろうと完遂する、超マイペースな強情者で。他者に関心がないものか、学校以外の場所でその姿を見かけたことがないほど、交際範囲も狭くて浅く。部員の中には、依然として名前とお顔が一致していないらしいクチも何人かおいでだとか。そんな方々に比べれば、同級生でもあることとやたらちょっかいを出すことからか、矢口くん辺りは“知っている人”の範疇になっているらしく。それでも…こんな言いようをされているにも関わらず、知らん顔のまま会場内のあちこちへと視線を投げているばかりの彼であり。そうまで人付き合いのない人間に“聖バレンタイン・デー”がどう関わるもんだろかと、そこは素直に小首を傾げた後輩さんへ、

 「そうか? こやつは自分の買い物にと来たらしいのだがな。」
 「…はい?」

 手近な店のだろう白塗りのワゴンに広げられていた、グラム売りの小粒チョコの山へと手を突っ込み、がさごそ掻き回す当の問題児へと、その綿毛のような金絲の乗った頭へ空手チョップを落としつつ“やめなさい”と制した兵庫さんの言うことにゃ、

 「今日、ここの上の書店で、何とかいう小説家のサイン会があるのだと。
  それを記したチラシに、このチョコレート売り場の記事も載っていたそうでな。」

 学校へのお出掛け前のひとときのこと。名前がちょっぴり変わっているのとそれから、実は久蔵も愛読している幻想ミステリ小説の作家でもあるというのが、最近になってやっと気づいたとあるお人が、こんなご近所まで来るとの知らせを刷られたチラシ。まま、それだけならば、わざわざ行こうという気にまではならなんだところ。そういえばもうすぐ、好きな人へチョコをあげる日だったなぁと。同じ紙面へ、注目有名店の自慢のトリュフの写真が居並んでいるの、何とはなしに眺めておれば、

 『あ、これなんか美味しそうですね。』
 『………っ。////////』

 肩越しの背後から、そんな声とともに優しい温みが背中に軽くかぶさって来て。朝の食事に使った食器を片付け終えたらしい七郎次が、熱心に何を見ているのかなぁと覗き込んで来たらしく。
『あ、アンダンテの正宗さんもオペラを出すようですね。』
 14日の当日に取りに行けるように予約しとかなきゃ、と。甘い物への関心も深いおっ母様、年頃の娘さんのような“はしゃいでますオーラ”をたたえた笑顔になって、そんなお話を振ってくれたりしたものだから。そんな彼が“これと…これも美味しそうvv”だなんて指差していたチョコを目指して。最初のお目当てだった某作家先生のサイン会は、この際 後回しにしてまでも、チョコを買うぞとこれでも勇んでおいでの島田くん。パンフレットの某店と某店に印がついてるところを見ると、ちゃんと覚えていての、目的地ははっきりしているらしいので、

 「俺にもあんまりよくは判らぬのでな。
  ついでと言っては何だが、同じ店で片付けてしまおうと思っての同行だ。」

 甘いものが苦手な訳ではないけれど、今時の女性ほどどこのが美味しいとまでは知らない兵庫殿。そんな言いようをなさりつつ、パンフレットを見極めて、これは向こうの通りの中ほどだと。闇雲に突進しかねぬ連れのコートの後ろ襟を捕まえたまま、的確な指示出し、雑踏の中を歩み始める。いかにもサラリーマンというよな風体でこそなかったが、それでも…濃色のコート姿の男子高校生が3人というグループは、まださほどには熱中しておいでじゃあないお姉様がたには目が留まってしまう一団だったらしくって。祭日とはいえ、まだまだ人出はピークじゃあないらしく。それでの余裕か、手が空いてるらしい店員さんたちまでもが、あらあら可愛いとの視線をこちらへ降りそそいで下さっていたけれど。そういう注目には こちらでも慣れがある、個性の立ったお3人。それぞれにそれぞれの下地から、さして動じることもなく、迷路のようになった売り場をずんずんと突き進んでおり。

 「あ、あれでしょう。久蔵はお兄さんへのチョコ買うんじゃないですか?。」

 矢口くが口にした言いようへ、兵庫先輩は“お・そうか”と納得したようなお顔になったが、当の久蔵は、

 「…。」

 心なしか…その薄いめの肩の線が強ばったような。そんな変化にも気づかぬか、矢口くんへと兵庫さんが訊いたのが、
「お前も知っているのか? こいつのお兄さん。」
「ええ。ほら、こないだのスキー合宿で、こいつ、お家で急な用事があって、お迎えが来たんでって早引けしたんですよね。」
 そのときの詳細ってのか、詳しい事情を先生へと報告しに、その噂のお兄さんってのが先週だったか学校までいらしたんですが、と。矢口くんはその時に見かけたらしく、
「2階の窓からって遠目にも、そりゃあ端正な美男でしたし。丁度通りすがったらしい1年の、あれは確か…剣道部の岡本じゃなかったか。」
 向こうからも顔見知りだったのか、声をかけての教員室まで、案内してくれませんかとか何とか、話し込んでたようでしたが。

 「俺らへも毅然としていて物怖じしない奴なはずが、
  そのお兄さんへは 妙にぎくしゃくとしゃちほこ張ってて。
  何を話しかけられていたやら、終始 真っ赤になってたのが、何とも可笑しくて。」

 今 思い出しても笑えると、くつくつ笑う矢口くんの言いようへ、

 「…岡本、殺す。」
 「こらこら、来年の副将候補の有望株に何てことを。」

 大切なおっ母様に蓮っ葉な横恋慕なぞしおって、後輩ながらけしからん…とでも言いたいか。陰に籠もって物凄い、凄みのあるお声で物騒な言いようをした現副将を、後方から容赦なく こつんとこづいての、さて。

 「で、まずは“フランベルジュ”の とりゅふとやらだが。」

 さすがは有名なお店であるらしく。商品が並んでいるのだろ ショーウィンドウの前は、女性客がびっしりと張りついていての、品揃えがまるで見えない状況であり。
「これだけの受けっぷりなら、間違いはないんじゃありませんかね。」
 案外と女性ってのはシビアですからね。食べるものだし、見た目や名前だけでは飛びつきませんよ?と。それこそ見てもない物への評価とやらを、それなりにぶった矢口くんだったのへ、
「…う〜ん。」
 確かに、これを掻き分けてまでの品定めは難しそうだと。困ったように眉を顰めた兵庫さんだったものの、

 「…あれ? 久蔵?」

 後ろ襟を掴んでいたはずの手が、不意にからっと空いてしまい。振りほどかれた感触もないまま、どうやってだか 上手に払いのけての脱出してしまった後輩さんだと気がついて。キョロキョロと周囲を見回したところが、

 「ん…。」

 ほれと開いた手のひらに、チョコを2つほど乗っけて戻って来た彼だったから。

 「…何した、お前。」
 「ま、まあまあ兵庫さん。」

 試食のチョコはどの出店でもご用意してあるらしいので、この雑踏の中、どうやってだか、店へ近づいてのそれをせしめて来たらしく。矢口くんへも“ん”と差し出し、さぁさ食べなと目線で促す。こんなところにも凝っていて、ホログラムの箔に包まれたころんと丸ぁるい粒チョコは、口どけも優しく、甘さもほどほど。中に封入されていたガナッシュも、くどくはないが風味はしっかりしている逸品で。
「あ、俺これ好きだな。」
 えと、部への分は35人に3個か4個の粒チョコの取り合わせってことになってるんで、まずは此処のを35揃えようと。矢口くんがさっそく動き、

 「ウチも似たようなもんだったよな。」

 とりあえず買って来て下されば、後は俺らが袋詰めでもラッピングでも頑張りますんでと。此処へ来るのだけはどうにも堪忍と後込みした連中に、早く早くと慌ただしくも送り出されてしまったそのせいで、そういう細かいところは訊いて来なかったらしい兵庫さんだが。大きめの箱ならそのくらいは優に入っていそうだからと判断し、人垣越しに店員さんへ向けて手を挙げてみせ、大箱を1つとオーダー終了。そんな彼らの傍らで、

 「………。」

 う〜んと、珍しくも小難しそうなお顔になってた金髪の剣豪殿。彼にも気に入りの風味ではあったらしいのだが、日頃のおやつにと七郎次が出してくれてるお菓子の甘さの傾向と、微妙に何かが違っているらしく。う〜んう〜んと何刻か、眸を伏せてまで考え込んで見せてから、

 「あ、はい。Sサイズのですね。え? あ、はいっ。
  生チョコトリュフとの詰め合わせのSですね。かしこまりましたっ。」

 彼と店員さんとの、少々威圧気味…というか、無言なままなのに微妙に鷹揚そうなやりとりを前にし。何でこういうときだけ、目顔だけで、しかも初見の他人へ、意を通じさせられるんだろうか、こいつ……と。日頃はどんだけずぼらを決め込んでいる彼なのか、あらためて痛感した兵庫さんだったりしたのは言うまでもなく。

 「???」
 「…まあいい。次は、どこだって?」

 なあなあはあんまり好きじゃあないが、こんな特殊な人出の真ん中で、わざわざ問いただすのも面倒だからと。“臨機応変”とか“適材適所”とか、いろいろ自分へ言い訳しつつ(ついでに喩えを間違えつつ)、今は不問に付してやろうと構えた兵庫さんが。次の目的店は何てところだと促して、久蔵殿が開いたパンフレットの ど真ん中目がけて。


  ―― ばすんっ、と。


 結構な勢いで上から降って来たものがあり。ここって屋外スペースじゃなかったよな。ええ、高いめですが天井はありますよ。じゃあ、一体 何が上から降って来たのかと。パンフの真ん中に穴を空け、でも足元へまでは落ち切らないでの必死で手を延べ。穴に腰から下を埋めながらも、島田さんチの次男坊のコートの袖口に掴まって、ぎりぎり粘っていた存在へ、


  「……………………………あ。」


 どうやら。久蔵殿の方では、重々見覚えがあったようである。







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